第59回 関西大学で「国際ユーモア学会」を開催

 日本では「日本笑い学会」が笑いを総合的に研究する唯一の学会であるが、国際的には「国際ユーモア学会」(International Society for Humor Studies)という組織がそれに相当する。本部事務局はアメリカのオークランドのホーリー・ネームズ大学にあって、マーティン・ランパート教授が事務局長を務めている。会長も理事も存在するが、彼らは世界に散らばっていて、事務的な作業は全て事務局長がさばいている。会員は全てe-mailを使い、会長・理事選出もメールで行う仕組みになっていて、インターネットがあればこその学会である。アメリカとヨーロッパを交互に毎年総会・研究発表会を行っている。
 2008年の大会は、7月7日から11日にかけて、スペインのアルカラ大学で行われる(http: www.humorstudies.org)。通算では20回目に当たるが、その第12回目、今から8年前の2000年(平成12)には、この国際大会を大阪の関西大学で開催したのである。
 私がこの国際ユーモア学会(ISHS)に参加したのは、アメリカで開かれた1997年のオクラホマ大会が最初であった。大会の統一言語は英語で、参加者の殆どが研究発表をすることになっていて、私自身も「The Arts of Laughter in Japan」という題で発表を行った。殆どが欧米の研究者のなかで、日本からの参加者が8名いた。98年と99年の大会は既に決まっていて、2000年に日本で開催できないかと打診を受けたのである。もし私が受けるとなると、関西大学でとなり、その時には私が実行委員長を務めなければならない。私は慎重にかまえて、暫くの間考えさせてもらいたいと返事をした。
 98年の夏から秋にかけて私は、関西大学の総合情報学部から4ヶ月の在外調査研究員の資格を得ていた。1ヶ月をヨーロッパで、3ヶ月をアジア、ニュージーランド、オーストラリアをまわって調査研究することにしていた。大学て長期出張ができるチャンスは、定年までにはこれが最後ということもあって、家内を同伴して訪問先をまわった。
 オーストラリアでは、国際ユーモア学会の理事であったジェシカ・デービス博士(ニュー・サウス・ウェールズ大学)を訪ねた。国際学会のことをもっと詳しく知りたかったし、デービス博士は96年(平成8)のシドニー大会の実行委員長を務めた人であったので、その経験を親しく聞かせてもらおうと思ったのである。この時も家内同伴であった。
 ニュー・サウス・ウェールズ大学では、ジェシカ・デービス博士の友人でウーロンゴン大学のマーグレット・A・ウェールズ準教授を紹介された。彼女は日本語が達者で狂言の研究家であった。二人は、日本で是非国際ユーモア学会を開いて欲しいし、その時は必ず参加するからと励ましてくれた。私の中に、どんな風にして国際会議を開くかというイメージが徐々に作られていった。
 11月に帰国して、仲間とも話し合い、これまで欧米でしか開かれていない国際会議を日本で開くことには大きな意義があるし、アジアで初めての開催を大阪で果たすことは、大阪にとっても大きな意味があるのではないかと考え、引き受ける決心を固めた。
 国際ユーモア学会の開催には、ホスト校学長の受け入れレターと地域社会を代表する機関からの歓迎レターを用意する必要があった。関西大学の石川啓学長(当時)にお願いをし、地域社会を代表してのレターは、私が長年大阪市の社会教育委員をつとめている関係から大阪市の玉井由夫教育長(当時)にお願いをした。ご両人とも快く引き受けて下さって、そのレターを本部理事会に送り、正式の承認を得ることができたのであった。
 翌1999年(平成11)7月にカルフォルニアのオークランドにあるホーリー・ネームズ大学で開かれた大会には私自身が参加して、来年は大阪で開催する旨の宣言をした。「来年は大阪で会いましょう!」と宣言してしまっては、もう後へは引き返せない。
 一番頭を悩ましたのは、運営費のことであった。参加者からの会費だけでは、国際会議はとても賄えない。「笑いの文化」を誇る大阪での開催であるから、私は大成功させたいと思っていた。それには寄付金をあつめる必要があるがそんなことをした経験がない。日本笑い学会の理事達にも相談し、私は国際会議を支援してくれる基金に申請をすると同時に大阪を代表する企業や放送局をまわって、寄付金のお願いに歩いた。もし赤字を出せば、実行委員長の責任で処理しなければなるまいとの思いで、寄付のお願いに歩いた。
 世の中不景気の真っ只中でのお願いであったが、訪ねた会社の殆どに協力して頂くことができ、大阪の「笑い」に対する理解に感激したものである。大口の助成では「関西大学国際交流助成基金」「日本万国博覧会記念協会」のお世話になり、日本笑い学会の会員個人からの寄付もあって、結果的には外国の参加者にも満足して貰える大会にすることができ、殆ど赤字も出さずにも済んだのであった。
 大会は2000年7月24日から27日にかけて、関西大学百周年記念会館において行われ、参加国は20の国と地域、外国からは90人の参加があった。日本の出席者は60人、研究発表は総数で123本あった。大会初日の歓迎講演では、日本笑い学会の織田正吉副会長が「The Traditional Japanese Smile and Laughter」を講演、それを受けて私が「Osaka and Culture of Laughter」と題して「大阪の文化と笑い」を紹介した。最終日には、人類学者の山口昌男博士による基調講演「ユーモアへの比較文化論」があり、それを受けて「東洋の笑いと西洋のユーモア」というテーマのシンポジウムをアメリカ、オーストラリア、イギリス、中国、日本の研究者で行った。
 思い返せば何と多くの人々の協力を得たことかと思う。日本笑い学会の協力は大きかったし、関西大学の教職員、学生、地域の企業、マスコミなどの協力があっての賜だったと痛感する。当日の学生達の献身的協力は感謝感激の思い出である。
 この大会を通じて、狂歌や川柳、狂言、落語、漫才についての発表、英語落語と狂言の実演もあって、「日本の笑い」が外国研究者に一挙に紹介された。この時の多くの日本人研究者の発表が契機となって、後にオーストラリアのJessica Milner Davi博士が編集者となり『Understanding Humor in Japan』(Wayne State University Press, 2006)が刊行された。日本の笑いについてこれほど多くの論文を掲載しての英書は初めてではないかと思われる。私の論文では「Osaka’s Culture of Laughter」と「Humor in Japanese Newspapers」の2編が収められている。

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