1994年(平成6)7月9日に、「笑いの総合的研究」を目的に「日本笑い学会」が関西大学百周年記念会館で呱々の声をあげた。その前日の8日には、同ホールで「創立前夜祭」を開いている。あれから13年の歳月が流れ、2004年にはめでたく10周年記念の事業を終えている。当初5百人の会員が、現在では千名を越え、退会する会員もあればまた新しく入会される会員もあって、毎年徐々にではあるが少しずつ増えて今日に至る。
当初、学会としての設立は、200~300人ぐらいが集まってくれればよいがと思っていたが、設立前に全国からの申し込みが相次いで、正直その反響に驚いたものである。というのは、「笑い学会」を設立するという記者会見を94年(平成6)1月17日(月)に開き、学会設立のニュースが全国に流れたのであった。
記者会見は、阪急グランドビル26階会議室を借りて、午後2時から行った。新聞、テレビ、ラジオのマスコミ各社に「笑い学会」設立の案内を配り、知っている記者の人には出席依頼の電話をしたりしていたが、どれだけの記者が駆けつけてくれるか、確たる見通しはなかった。気をもみながら廊下で記者の来場を待ち受けていたのを思い出す。誰も来てくれなかったらどうしようかと思ったりしていたが、16社に及ぶ記者が見えたのであった。在阪のマスコミだけでなく共同通信社も入っていたので、ニュースは全国各地の新聞に掲載され、またテレビニュースでは、NHKが全国ニュースで取り上げてくれ、学会設立のニュースが関西だけでなく全国に流れたのであった。
「笑い」についての総合的研究を目的に掲げて発表をしたが、新聞によっては、「お笑い学会設立」と紹介したところもあった。電話で新聞社から問い合わせを受けたときも「お笑い学会」の事務所ですか、という問いをよく受けたものである。
「笑い」という「やわらかい」イメージと「学会」という「かたい」イメージがマッチィングしなかったということがあったかも知れない。私が「笑い学会を作りましてね」と言った途端に笑う人もいた。「お笑い」は大事で、学会が「お笑い」を研究対象にするのはもちろんであるが、「笑い」をもっと広く考えて「人間と笑い」について研究するのだと説明をすると、なぜ「笑い学会」なのか、大体は納得してもらえた。
「日本笑い学会」は、それまでに活動していた「笑学の会」のメンバーが中心となり、全国に呼びかけて「学会」にしようとして誕生したものである。「笑い学」とは何かという議論はしたが、「笑い学」についての一定の定義があってスタートしたわけではなかった。「笑いの研究」については、その専門的研究者がいるわけではなし、笑いが関係する分野を上げていくと、哲学、心理学、社会学、言語学、人類学、文学、芸術・芸能、生物学、生理学、医学など、人文科学から自然科学にいたるまでの領域が関係している。ということは人間が活動するあらゆる現象に、「笑い」がかかわっているわけで、「笑いの研究」というのは、まさに学際的研究ということになり、一筋縄ではいかないことが分かる。
これまでの「笑いの研究」は、哲学は哲学の領域で、心理学は心理学の領域で、文学は文学の領域でというように、個別の領域においてなされてきたが、「笑い学」というような発想はなかった。「笑い学」の構想については、先人たちの研究成果を取り入れることはもちろんだが、私たちは、生活の現場にある「笑いの現象」から多くを学ぶ必要があると考えた。社会生活の現場で、笑いがどうなっているのか、その体験や観察レポートなども研究発表の対象と考えていくことにした。
「笑い学」の定義がまずあるのではなくて、各ジャンルからの研究報告や現場の体験報告などから学んでいくうちに、徐々に全貌が見えてくるにちがいないと考えたのである。学会の会則には「笑いに関する総合的・多角的研究を行い、笑いの文化的発展に寄与することを目的とする」と書いた。従って、学会組織ではあるが、会員は大学や研究機関の研究者に限らず、職種を問わず、「笑いに関心を持つ」人なら、会社員でも主婦でも、誰でもが会員になれる組織作りをしようということで、「市民参加型学会」としてスタートした。この趣旨が生かされて、今日の会員構成を見てみると、大学教員、医師、歯科医師、看護師、保育師、弁護士、僧侶、作家、アナウンサー、新聞記者、旅行ガイド、カウンセラー、高校教諭、公務員、会社員、実演家、主婦、大学生、栄養士、退職者など実に多様な構成となっている。
学会創立の総会を開催するにあたって、私たちは「創立前夜祭」を催した。いよいよ「笑い学会」が誕生するぞ!という興奮を多くの人々に伝えたかった。「古典万歳」の青芝フック・モンタ、「掛け合い粋曲」の林家染丸・内海英華、アルトサックス演奏の古谷充、講談の旭堂小南陵、そして日本舞踊アカデミーASUKAのブロードウェーミュージカル「許されざる日本舞踊」などが演じられた。出演者には、無理を言ってお願いをしたが、快く参加していただいたことを思い出す。ありがたいことであった。前夜祭は、入会したばかりの会員約200人の参加があり、関大百周年会館ホールは、熱気で盛り上がった。
その興奮を引き継いで、創立総会が開かれた。記念講演として藤本義一さんに「文字とことば~笑いの地形」と題した講演をお願いし、三本の研究発表を用意した。織田正吉さんの「笑いと芸能~円朝的なものと春団治的なもの」、昇幹夫さんの「笑いの医学的考察」、安藤紀一郎さんの「地域文化と笑い」である。創立総会では「笑いと健康」「笑いと地域文化」「笑いと芸能」「笑い学総論」という4つの分科会の設置を提案し、笑いの総合的研究を目指すことになる。その後「コミュニケーションと笑い」の分科会を追加して、現在5つの部会が活動している。