第38回 インディアナ大学の学生生活

 インディアナ大学での私の目的は、アメリカのテレコミュニケーション、とりわけ成長の著しいケーブルテレビについて調査研究することであった。学科長のアゴスティノ教授とスーザン教授がその専門家であった。その両人の講義と演習には出席し、時折研究室を訪ねては、読むべき著書や論文の紹介を受けた。
 1985年の時点では、日本のテレコム研究は緒についたばかりであったが、アメリカではニューメディアの現実化が早く、それにともなって研究成果の発表も早かった。1972年に「オープン・スカイ・ポリシー」が取られ、民間の国内通信衛星が74年には打ち上げられ、通信衛星を使ってのテレコムが普及しつつあった。ケーブルテレビ向けに、HBOが有料映画の配信をしだしたのが1975年、その翌年にはWTBS(スーパーステーション)がケーブルテレビ向けに番組配信を開始した。それらは「ケーブルネットワーク」と称され、次々と新しい「ケーブルネットワーク」が誕生していった。
 日本では1989年に日本通信衛星と宇宙通信が大型商業衛星を打ち上げてから、通信衛星とケーブルテレビがつながることになった。日本では「スペース・ケーブルネット」と称されたが、日米の差に14年の開きがあった。85年当時で、研究文献もアメリカが抜きんでていた。いずれ「アメリカのケーブルネットワーク」をテーマにした本を書こうという目標で、私は文献の収集や論文のコピーに忙しく過ごしていた。
 学内のブックストアーでは、新刊書も扱っていたが、古本の扱いが多かった。古本と言っても、つい先のセメスターまで学生が使っていた本が、古本として安く売られていたのである。アメリカの大学では、講義ではまず教科書が指定され、受講生の全員が教科書を買って受講するというのが一般的である。講義が教科書に沿って進められ、次の授業までに何頁から何頁までを読んでおくようにという宿題が出される。授業では質問の受付だけをして、次に進んでしまう場合もあった。古本がたくさん積み上げられているのは、学生の全員が買って、用済みとともにすぐに売ってしまうからであることが分かった。
 図書館もよく利用した。各学部には独自の専門図書館があって、それらとは別にメインライブラリーがあった。私はジャーナリズム学部の図書館とメインライブラリーによく通った。図書館は、地域の市民も登録をして利用が可能であった。
 研究もさりながら、私はアメリカの大学のあり方や学生生活など、日本と違う点に興味をもった。大学のあるブルーミントンという街は、大学街と言われるだけに、人口の大半が何らかの形で大学と関係のある人達と言われていた。
 広大な面積を占める大学は、学部と大学院、付属の研究所などから成るが、先ず学生の大半は寮に入る。商店のあるダウンタウンがあって、そちらで下宿することも可能だが、殆どの学生は寮生活である。先生や職員は、一戸建ちの家に住むが、大体が車で15分から20分程度の範囲の中に住んでいる。バスがあるが、キャンパスのなかも走る小さなエリアのバス路線があるだけで、殆どが車を使っている。駐車場は、至る所に用意されていると言ってもよい位に整備されている。つまり、学生も教員も殆ど全員が大学の中か近くに住んでいるのである。
 したがって、研究活動も創造・練習活動(芸術やスポーツ)も24時間、いつでも行われることを可能にしていて、施設は24時間の使用が前提とされている。そうは言っても現実には深夜の犯罪も起こるので、図書館は深夜12時までと制限があった。理科系の施設については言うまでもなく、音楽学部などでも、夜通し練習室の明かりがついたままであった。
 安全の確保が問題になるが、アメリカの大学は自らのキャンパスを守るということで、自前の「キャンパス・ポリス」を持っている。日本と決定的に違う点である。例えば、キャンパス内の道路上のスピード違反、駐車違反もキャンパス・ポリスが摘発していた。こうした24時間いつでも自由に研究ができるという環境作りに、私はまず驚いた。
 授業はセメスター制で、最近の日本でも多くの大学が取り入れるようになったが、ファースト・セメスター(春学期)とセカンド・セメスター(秋学期)の2期に分けられ、間にサマーセッション(夏期講座)が設けられている。
 ファーストは5月末頃終わり夏休みに入って、それから約4ヶ月の休みが訪れる。単位不足の人や留学生などは、サマーセッションを受けて単位を補うが、一般の学生は、この休みを利用してアルバイトをして学資を稼ぐ。日本のように年中を通してアルバイトをするということがない。というよりも、普段は寮生活であるから、アルバイトができないのである。したとしても図書館や食堂の大学内のアルバイト程度である。
 先生もテキストの何頁から何頁までを読むとかレポート提出の課題を毎時間だすから、学生はアルバイトに精をだす時間がとれない。今や日本ではアルバイトのケジメがないものだから、アルバイトで授業を休んでも平気という学生がはびこってしまう。
 寮は夏休みには、学生は荷物をまとめて一定の期間、寮を空けなければならない。もちろん荷物はまとめて寮が預かってくれ、新学期に備えておくことができる。学生の留守の間に消毒が行われ、傷ついた箇所の修理も行われ、次の利用に備えるのである。
 きれいになった部屋は、夏の間、大学で行われる学会やセミナー、企業研修の宿泊のために安く開放される。実に合理的な使い方だと感心した。
 授業料の納入は、日本のように年額あるいは半年の一括納入ではなく、1単位をいくらで買うという形で納入する。履修登録をして、それだけのお金を払い込む。授業が始まって、内容を聞いて不向きと思えば、登録を取り消すこともできる。但し、早く取り消せばそのままお金が戻るが、遅いと戻る率が悪くなる。学生の出席がよいのは、この制度の効果にあるのではないかと思われた。

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