第33回 「放送演芸史」の刊行

 1978年(昭和53)に「笑学の会」を有志と共に作ったことは前回に触れたが、この「笑学の会」の事業として忘れられない仕事としてもう一つ上げておきたいものがある。『放送演芸史』(井上宏編、世界思想社、1985)という本を刊行したことである。
 「笑学の会」のメンバーには、放送局の演芸担当者や演芸評論家がいて、ラジオとテレビで放送された演芸番組の歴史をまとめようではないかということになった。大阪では古くから大衆演芸が発達を見て連綿として受け継がれてきているが、昭和初めのラジオの誕生から演芸は放送と関係をもつようになり、戦後の民放ラジオの登場、そしてテレビ時代を迎えて演芸は放送と密接な関係をもつようになった。
 大阪の放送局にあっては特にお笑いタレントの起用が多い。純粋の演芸番組ばかりでなく、コメディーやバラエティー、視聴者参加番組の司会やラジオ番組のパーソナリティーなど多方面に及ぶ。演芸人が放送と関わることによって演芸の世界も変わり、また放送の方も彼らの参加を得て次々と新しい娯楽番組を開発していった。そうした歴史があるにもかかわらず、これまでに「放送演芸」の歴史をまとめた著作は皆無であった。そこで「笑学の会」でやってみようということになったわけである。
 当時は番組の記録と言っても、今日のようなコンピュータによる記録システムはなく、局の作成による「放送確定表」の保存資料がある程度であった。保存資料があるなら、それをもとに、番組をカードに一つ一つ書き写していく方法で調べられないことはない、という目途をたてたが、作業にはお金と人手がいる。
 私たちは「笑学の会」として、「(財)放送文化基金」に「日本放送演芸史の作成・刊行」のテーマで、調査研究費の助成を願い出た。幸い1981年(昭和56)に400万円、82年に300万円、総額700万円の助成を受けることができた。対象は在阪の放送局とし、NHKラジオ・テレビ、朝日放送ラジオ・テレビ、毎日放送ラジオ・テレビ、読売テレビ、関西テレビ、ラジオ大阪の合計9系統の番組を取り上げた。NHKはラジオ放送の始まった1925年(大正14)から取り上げ、その他の系統も放送開始から1980年(昭和55)までの番組を取り上げた。
 放送局の協力を得て作業に取りかかった。局によっては資料の保存状態がよくなくて、欠落の年度や月があったりしたが、カード化できるものについては、全てカード化していった。私たちも作業に直接かかわったが、主にはアルバイトに頼ることになった。調査費の大半はアルバイト費と最終の出版費に消えてしまった。カードの枚数は約15万枚を数えた。
 放送局毎に担当者を決め、担当者がカードをもとに手作業で整理を進めて文章化していった。NHKラジオ前期は熊谷富夫、NHKラジオ後期・テレビは長島平洋、毎日放送は相羽秋夫、朝日放送は環白穏、ラジオ大阪は都筑敏子、読売テレビは山口洋司、関西テレビは古川嘉一郎が担当し、私は全体の総括を受け持ち、「序章 放送と演芸」を執筆し、末尾の「放送演芸史年表」「人名索引」「番組索引」を担当した。
 作業は、「放送文化基金」の助成金が決まった1981年(昭和56)の秋からスタートして、すべての原稿が出そろう1984年(昭和59)まで、まる3年を費やし、85年4月になってやっと出版に漕ぎつけたのであった。
 所定の期日までの出版の約束があったので、各担当者は必死で頑張ることになった。作業量からもグループならこそ成し遂げられた仕事であった。今思い出すと、私の感想としては、もうこんなしんどい仕事はとてもできないという心境である。各人それぞれに会社の仕事の合間をぬって抱えた仕事で、それだけに時間のやりくりや余分のエネルギーを必要とした。
 演芸番組をいわゆる「純粋演芸」に限らず、演芸人・喜劇人が出演するバラエティー、コメディー、ワイドショー等も対象にしたので、カードの量が膨大になったが、年度別・カテゴリー別に数量化をはかることができた。個々の番組の特徴ばかりでなく、数量化によって変遷の特徴を明らかにすることもできた。すべて手作業の仕事であった。現在なら、放送局の資料も整備されているであろうし、パソコンへの入力で省力化できるであろうが、
 そんな時代ではなかった。手間もかかったが、お金もかかり、放送文化基金の助成があればこそできた仕事であった。
 『放送演芸史』は、「放送と演芸」の関係を時代の変遷のなかで明らかにした最初の著作となった。それまでにまとまった演芸史年表がなかったので、末尾におさめた「放送演芸史年表」は、関係者にとっては何かと役に立ったと思う。年表は、漫才ブームが起こって来る1980年(昭和55)で終わっている。
 それ以降既に27年が経ってしまった。長い空白ができてしまったが、その続きが待たれるところである。

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