編成部における「考査」の仕事は、私が依願退職する1973年(昭和48)3月まで続いた。6年間の仕事であったが、「考査」だけの仕事をしていたというわけではない。上司から命じられてするのではない仕事もしていたのである。自分で買って出てする仕事である。
とは言っても上司から認められていなければならないが、こういう仕事は何と言えばよいのであろうか。本来の業務がメジャーの仕事とすれば、マイナーの仕事ということになろうか。もちろんそれがメジャーの仕事の支障にならないようにという前提があるが。私のいた当時の放送局の組織には、フォーマルな業務分担の外に個人の創意を生かすゆとりをもっていたように思う。個人として動ける自由があったわけである。
当時の読売テレビは、業界研究誌として『YTV REPORT』という雑誌を発行していた。この雑誌は、読売テレビが誕生してまもなくの1959年(昭和34)に隔月刊として発行され、研究誌的な性格が評価を得て、放送業界だけでなく広告主関係においても、よく読まれ話題になっていた。当時としてアメリカ放送業界の紹介などは貴重なレポートとなっていた。
私は、仲間を誘い編集部の協力を得て、「テレビ番組ベストテン」という番組研究の企画をその『YTV REPORT』に連載することになった。1967年(昭和42)10月からスタートして1970年(昭和45)12月まで、まる3年余に渡って連載を続けた。
レギュラーの研究グループを組織して、共同研究を行ったのである。レギュラメンバーは(肩書は当時のもの)仲村祥一氏(熊本大学教授)、津金沢聡広氏(関西学院大学助教授)、井上俊氏(神戸商科大学講師)、今は亡き内田明宏氏(編成部)、そして井上宏(編成部)の5人で、仲村祥一氏をリーダーにして、テーマの決定から、討論、原稿のまとめをすべて共同で行った。時折、テーマによってゲストを迎えるときもあった。執筆の担当者を決めて議論をして、各自がメモを執筆者のもとに送り、メモの採否は執筆者が取捨選択をして原稿化するという方法をとっていた。
議論は会社の保養施設である「六甲ビラ」を利用し、泊り込みで行うことが多かった。泊まり込みではもちろんアルコールも入ったが、今思い返してみても実に楽しい研究会であった。その成果は、後の1972年(昭和47)6月に『テレビ番組論~見る体験の社会心理史』という題名で、読売テレビ開局10周年記念の「YTV REPORTシリーズ」の第5巻として発行された。
大学スタッフの協力があってはじめて可能な企画であったが、とりわけ仲村祥一氏のリーダーシップが今でも強く印象に残っている。アメリカのテレビ映画からドキュメンタリー、プロレス、歌謡番組、時代劇、刑事ドラマ、ホームドラマ、ワイドショー、アニメ‐シィンなど、テレビメディアの誕生から1970年(昭和45)までの番組を取り上げている。テレビを「見る」体験の意味や、「低俗番組批判」などテレビ論についても論じている。そんななかで、大阪局の制作になる喜劇やドラマ、視聴者参加番組についても触れ、「上方ものとは何か」についても論じている。
「上方もの」で取り上げた番組を列記してみると、お笑い系で「番頭はんと丁稚どん」(MBS)、「親バカ子バカ」(YTV)、「お好み新喜劇」(ABC)、「てなもんや三度笠」(ABC)
「ヤング・オーオー」(MBS)などを分析の対象にしている。ドラマ系では、「横堀川」(NHK)、
「ど性っ骨」(KTV)、「うどん」(KTV)、「船場」(KTV)、「道頓堀」(YTV)、「友禅川」(ABC)、
などを俎上にのせている。その他にも「夫婦善哉」(ABC)、「おやじ万才」(ABC)などの視聴者参加番組がある。深夜時間帯の既成観念を破って登場した「11PM」(昭和40年開始)についても分析を試みている。
このときの「上方もの」分析は、その後の私の大阪文化論のべースになったと言ってよい。今でも印象に残っている仲村祥一氏の言葉を次に引用しておきたい。「上方ものに共通の価値観というようなものがあるとすれば、それは楽・利・根・和といったところであろうか。生活を楽しむ。損をしない。ねばり強く頑張る。そして世間さまとは仲良くする。こんな価値観が率直に出される。ハッタリはあっても虚飾はない。ええかっこは楽しくない。ズバリそのものの方がおもろい。人生には苦しいことや涙もあるが、とことんのところでは楽しいものだし、楽しむべきものだ、そこに意味があり、生きがいもある」。
独断的なテレビ番組批評は多いが、多様な視点をかまえての「番組研究」がなされていないのが実情ではないだろうか。テレビ研究にとって、個々の具体的番組についての社会的意味を問う「番組研究」は欠かせないと思う。昨今のメディア変容が著しいだけに、ハードに焦点を合わせたメディア論ばかりが盛んであるが、内容に焦点を当てた『テレビ番組論』のような仕事が見直されてもよいのではないか。今でも番組の制作者や研究者には読んで欲しい本だと思っている。残念ながら絶版である。