「笑いは良薬である」ということは古くから言われてきたし、今日でもそのように思われている。笑いと一口に言ってもどれぐらい笑えば「良薬」になるのか。笑いが身体に及ぼす効果については、さまざまな実験が行われているが、どれぐらい笑えば効果があるのかはよく分からない。
駅のプラットフォームでよく見かけたものだが、女子高生4,5人がうずくまってお腹を抱えて笑っている光景があった。笑いが止まらなくて涙を流している人を見かけたこともある。しかし、今では、皆がケイタイをいじっていて、そんな光景を見ることもなくなった。あの抱腹絶倒はどこへ行ってしまったのかと思う。
コメディアンで有名な坂上二郎さんが、脳梗塞で倒れたが、約2年のリハビリをして、再び元気を取り戻されたが、そのリハビリの時に、大いに笑うことに努めたという。「笑いでも、お腹の底から笑わないと駄目ですよ。お腹を抱えて、苦しい、もう止めて!というぐらいの笑いでないと」と、語っておられたのを思い出す。
同じ笑いと言っても、お腹を抱えて笑う、いわゆる抱腹絶倒の笑いというのは、そんなに簡単に手に入るものではない。「あなたは普段の生活で笑っているか」と訊かれれば「笑っている」と答える人は多いと思う。しかし、抱腹絶倒の笑いをしているかと訊かれれば、「最近ではない」「何年間も経験したことがない」という答が返ってくるのではないか。
健康にポジティブな影響を持つ笑いの効果は、医学的な実験によって検証され、笑うとストレスホルモンが低下する、NK細胞が活性化し免疫力が高まる、血糖値が抑制される、眠っている遺伝子が目覚めて良い効果が生まれるとか、多くの科学的知見が知られるようになってきたが、その実験時に被験者がどれぐらい笑ったのかは測定できていない。想像するに、被験者達は実験の目的を告げられているから、大いに笑おうとしたであろうし、また実験する医師達の方は、笑える環境を用意したであろうから「大いに笑った」であろうと思われる。
私自身の例で言えば、1昨年の11月であったと思うが、「NHK上方落語の会」(NHK大阪ホール)で見た桂文珍の「不動坊」という落語を思い出す。面白くて抱腹絶倒したのであった。舞台に引き込まれお腹を抱えて笑ったのである。終演後は、拍手鳴りやまず、別にアンコールがあるわけではないが、観客はすぐには立てず、拍手を送り続けていた。
笑いが身体に与える効果について問題提起をしたのは、ノーマン・カズンズという米国の著名なジャーナリストであった。自ら罹った膠原病の治療に笑いを取り入れ、笑いに務めて病気を直したと言う。昔に見て抱腹絶倒した面白い映画やテレビ番組を取り寄せて見て笑ったという。どの程度笑ったかについては報告がないが、想像するにお腹を抱えて大笑いしたのであろうと思われる。
ノーマン・カズンズは「ネガティブな情緒が人体にネガティブな化学変化を起こすのと全く同様に、積極的な情緒は積極的な化学変化を生じる」(松田銑訳『笑いと治癒力』岩波書店)と書いている。(2009年8月)