NHK ラジオ深夜便3

NHKラジオ第1放送「ラジオ深夜便」-3-  2005年7月21日午前0時10分~20分

11年目の「日本笑い学会」

 最近の中学生や高校生の修学旅行は、テーマ毎に小グループに分かれて見学先を訪ねるということになってきていると聞きます。大阪にもそうしたグループが訪ねてくるのですが、今年に入って、中学生と高校生の二つのグループが、「日本笑い学会」の事務所を訪ねてきました。学会の活動を調査するというものではなくて、「笑い」についての質問を携えて訪ねてきました。笑いについての未来の研究者になる人かもしれませんし、学会の理事が真面目に応対して、学会発行の資料を差し上げたりしています。
 学会も今年で11年目を迎えるまでになりましたが、このように、中学生や高校生が「笑い」に関心をもって訪ねて来てくれるというところがうれしいです。
 日本笑い学会は、ちょっと他の学会とは違ったユニークな組織となっています。目的は「笑いに関する総合的・多角的研究」で、職種や専門の枠を超え、「笑い」の研究に関心を持つ人なら誰でもが参加してもらえるようにしていまして、私たちは「市民参加型学会」と言っています。従いまして、さまざまな職種の方々が会員になっておられます。大学教員、医師、歯科医師、看護師、弁護士、僧侶、作家、アナウンサー、ガイド、高校教諭、会社員、退職者、実演家、主婦、大学生など実に多くの職種の方々が会員となっています。
 学会の一番大きい行事は、年1回の「総会・研究発表会」の開催です。講演やシンポジウム、それに多くの研究発表があります。研究発表は、例えば医学系の発表でしたら、実験結果の発表が多いですし、文化系ですと論文発表のような形になりますが、笑い学会では、個人や団体の現場体験、人生体験、職場レポートなども研究発表のなかに入れております。笑いは、人間活動のあらゆるところに顔を出して、具体的な個々の状況において、笑いの働きがあり、効用がありますので、そうした現場の報告は、耳新しく「笑い」についての知見を広げてくれます。
 私は、大学は文学部の出身で、医学系には疎いわけですが、この学際的な学会のお陰で、人体の生理や免疫系の話、遺伝子の話など、ずいぶんと勉強させてもらいました。私の知らない職場の体験報告なども、「笑い」を考えるについて、ずいぶんと視野を広げてくれました。看護や保育所の現場、高校の教室現場、病院の診察現場、企業のユーモア研修の現場、村おこしの現場などから、「笑いの研究」について大いに触発されました。「笑い」について、これで分かったと言えるような時点はありません。無限に続くような気がしています。
 今年の学会は、7月23日と24日の二日に渡って行われますが、今年は広島で開催します。広島国際大学の「国際教育センター」が会場となります。
まず、今年は記念講演としまして、広島出身の講談師・旭堂南北さんにお願いをしています。広島に因んでお話をしてもらいます。研究発表とワークショップは、例年よりも少し増えて18本が並びます。一体どんな発表がなされるのか、興味を持たれる方もあろうかと思いますので、テーマだけ、その一端を紹介しますと、「アトピー性患者と笑い」「唾液検査による笑いの臨床効果」「笑いがもたらす地域高齢者の生と死の意識変化」「笑いから見た俳諧表現史」「コミック・シャンソン最前線」「笑って地域づくり~新居浜地区での精神保健福祉と笑い」「企業におけるユーモアコンサルティング」「わっはっは!被災地頑張れ!笑いでエール!」(新潟中越地震の被災地を慰問された体験記)などがあります。
 シンポジウムは、金城学院大学の森下伸也教授がコーディネーターになって、「平和とユーモア」をテーマとして論じ合います。戦後60年の広島での大会ですので、「平和とユーモア」をテーマとしました。ユーモアの効用の一つに、緊張を緩和し、対立を超えさせる働きがあります。そのユーモアの働きに、あらためて注目をしてみようというわけです。
 人間社会には、絶えず利害の衝突や意見の相違、感情的対立があり、この人間同士の争いを武力を用いないで、平和的に解決しようと、人類社会は努力してきました。共同体が平和で安全な集団であるためには、構成メンバー間での妥協や合意などの知恵が必要です。とは言っても、現実は厳しく、武力衝突は絶えることがありません。
 今日の社会では、私たちの身近な世界でも、意見の相違、感情的対立から、すぐに暴力へと短絡する傾向があります。家庭から国際政治にいたるまで、ユーモア精神が育っているとは言い難い状況があります。
 『宗論』という古い狂言があります。法華宗の僧と浄土宗の僧とが、偶然に京都への旅を一緒にすることになり、相手の宗派の悪態を突き合う姿が描かれます。宗派の論理を戦わせて悪態のつきあいをします。途中の宿も一緒で、朝早くから大声で勤行を始めます。負けてはならじと、片や「南無阿弥陀仏」を唱えれば、片や「南無妙法蓮華経」と唱えます。だが、いつのまにか、浄土僧が「南無妙法蓮華経」の題目を、法華僧が「南無阿弥陀仏」の念仏を唱えるということになってしまいます。そして、最後には「法華も弥陀も隔てはあらじ」と和解します。宗派の対立を諷刺しながら、ユーモアがよく効いた話だと思います。
 理屈や論理で意見を戦わせていたら、どこまで行っても平行線で交わることがありません。しかし、人間世界では、どこかで交わらないと、永久に平行線で和解ができないと、対立が続きます。両者がユーモアでもって、ともに笑い合うとどうなるでしょうか。笑ってしまうと、論理を曲げるわけではありませんが、何かの一線を越えたような気持ちになってしまいます。論理的には矛盾していますが、意識に瞬間的な飛躍が起こって、和解が生じるということがあります。笑いの不思議な作用があるように思います。
 夏の暑い広島で、「平和とユーモア」についての議論をして、平和の大事さに思いを馳せ、同時にユーモアの力について、実り多い話しが弾むことを期待しているところです。