NHK ラジオ深夜便2

NHKラジオ第1放送「ラジオ深夜便」-2-  2005年7月14日午前0時10分~20分

健康で長生き

 昨年9月の人口統計では、65歳以上の高齢者の数は、2484万人で総人口の19.5%になり、5人に一人は、高齢者ということでした。長生きする人が増えたことは、喜ばしいことですが、元気で長生きである必要があると思います。長生きが、医療費を増やし、介護費を増やし、社会に負担ばかりかけるのであったら、健全な姿とは言えません。病気でそうなる場合は仕方ないとしても、元気で長生きでありたいと思います。
 1997年8月に、世界最高齢と言われた122歳のフランスの女性、カルマンさんが亡くなりましたが、こんな言葉を残されました。「長生きの秘訣は、笑うことと退屈しないこと」という言葉です。
 「退屈をしない」という意味はよく分かりますね。朝起きて何をしようか、することが思いつかないなんてよくないですね。無目的は心に良くないし、体にもよくないです。頭を働かすにしろ、体を動かすにしろ、どこかで能動的であることが大事で、いつも好奇心を持って生きることが大切、つまり「退屈をしないこと」という意味は、私もよく分かります。
 もう一つの「笑うこと」という言葉は、カルマンさんが長い人生経験のなかで、体得された言葉なのでしょう。数ある言葉のなかで「笑うこと」を挙げているのが、すごいと思います。
 「元気で長生き」ということは、心も体も元気であることによって、もたらされるので、「笑うこと」は、まさにその両方に関係しているわけですから、カルマンさんは、笑いの本質をよくつかんでおられたように思います。
 人間歳をとってゆきますと、笑いが減ってくるのではないか、と言われます。笑いは元気に生きることに関係するのですから、減ってくるとすれば、放置しておいてよい問題ではありません。本当に減っていくのでしょうか。
 テレビのお笑いバラエティーを親子で見ていますと、子どもはよく笑います。親の方はというと、「何が面白いのだ」という顔をして、時には、「こんな下らない番組を見て!」と怒ったりします。別に怒らなくてもよいと思いますが、大人からしますと、若者の笑いが分からないということがあります。分からなければ笑えないのが当然です。
 まず何が分からないかと言いますと、笑いの材料、ネタになっている話題が、若者特有の話題で、大人たちが知らないということで、笑えないということがあります。
 しかし、歳をとって行きますと、常識や観念が固定化してきて、思考に柔軟性が欠けてくるということがあると思います。笑いというのは、頭が柔軟でないと笑えません。言葉の洒落でもジョークでも、言葉が二重にかけてあって、その二重の意味が瞬間的に了解できませんと、笑いは起こりません。
 例えば、洒落で「バケツから水が漏れているよ」と言われて「そこまで気がつかなかった」と答えたとき、バケツの「底」と「そこまで」が瞬間的に結びついて笑いが起こります。つまり異なった次元のものが、脳の中で瞬間的に「二元結合」して笑いが起こりますので、片方の意味しか浮かばなかったとしたら、笑いは起こりません。「何が面白いのだ」ということになります。
 子どもは謎々クイズが大好きですが、歳をとりますと、クイズが苦手になってきます。こんな例はいかがでしょうか。黒豆と白豆を一緒に炊きました。炊きあがった後、直ちに黒豆と白豆を分けることができました。どうしたのでしょうか?というクイズです。
 私は、真面目に考えます。白豆と黒豆を一緒にぐつぐつと炊くと、混ざり合ってしまう。しかし、炊きあがってさっと分けることができた、仕切りも何もしていないという。
どうしてだろう、と考え込んでしまいます。答えは、一粒ずつ炊いたのだという。私の頭は、「豆を炊く」と聞くと、もうそれだけで多くの豆をぐつぐつと炊くものだと思いこんでしまっています。固定観念ですね。一粒ずつという考えが思い浮かばないのです。私は、やはり自分の頭が、固くなっているのではと思います。
 そうは言うものの、心身共に元気で長生き、ということを考えますと、頭の柔軟性が必要です。頭の柔軟性は、精神活動が活発であるということであって、元気に生きる上で重要な要素です。笑いが頭の柔軟性と関係あるならば、いくつになっても、笑うということは、重要なことだと言わなければなりません。笑うことと頭の柔軟性は、相互関係にあって、笑うから柔軟性があり、柔軟性があるから笑えるのだということになります。
 歳をとって行きますと、若いときのようなお付き合いが減って行きます。友達も少なくなってゆきます。最近では、高齢者の一人住まいが増えてきています。家で一人で笑うということは難しいですね。笑いは、人とのコミュニケーションで起こりますし、話し相手がいませんと、笑う機会が減ってしまいます。 賑やかな家族の中で、笑うことを別段意識することなく、自然によく笑っているという年寄りは、元気なのではないかと思います。「孤独は笑いの敵」と言ってもよく、一人っきりは笑いを減らしてしまいます。
 そんなことを言っても、一人で暮らさねばならないという人があります。そんな人は、気のあった人と電話でばか話をして笑い合うとか、このビデオを見たら、このテープを聴いたら笑えるとか。この小咄を読んだら、この川柳を読み返したら、大笑いは出来なくても、心に笑いを持つことはできるとか、時には思い切って寄席に行ってみるとか、笑うことを忘れない生活を送るようにすることが大事なのではないかと思います。しっかりと笑うことができていたら、ぼけるなんてことはないのではないか、私はそう思っています。
 笑いは、たくさん笑ったからと言って減るものではありません。内から湧いて出てくる泉のようなものですから、ということは、命のある限り、湧いて出てくるものと考えられます。生命力のある限り、笑いも生き続けることができるわけで、あのカルマンさんはまさにそのように生きた人ではなかったかという気がしています。