産経新聞 関西笑談4

産経新聞 [2004年07月29日 大阪夕刊]

【関西笑談】笑いを学問する(4)関西大学名誉教授 井上宏

聞き手 荻原征三郎記者

産経新聞 関西笑談4 ◆誤り正す努力すべきだった

荻原 大阪商人は誤解されている、とのことでした。

井上 あのね、テレビコマーシャルで「どきれい」なんていう言葉が流れていましたね。えらい使い方があるもんだとびっくりしましたよ。大阪商人がよく口にすると思われる「ど根性」からの連想かもしれませんが、「ど根性」などは船場商人がもっとも嫌った言葉だと、船場で育った香村菊雄さんが「船場ものがたり」(創元社)という本で書いています。

荻原 「ど」が下品な感じです。

井上 香村さんの説を紹介すると、ど根性とは腐った根性、曲がった根性をののしった言葉で、「あいつのど根性はたたきなおさないかん」というように使います。もともと「ど」は悪い意味の強調です。どアホ、どあつかましい、ど助べえなどと。

荻原 なるほど。たしかにそうですね。

井上 言葉ですからいつのまにか変遷していくとは思いますが、「どきれい」はやっぱりおかしな使い方ですね。そうそう「もうかりまっか」も大阪商人のあいさつ言葉のように思われていますね。しかし香村さんによると昔の船場の人は絶対に言わなかったそうですよ。これも下品な言葉なんですね。わたしも大阪の商家で育ちましたが、たしかにまわりで聞いたことはありません。

荻原 へえ、そうなんですか。「もうかりまっか」なんて大阪商人の代表的なあいさつ言葉のように思われていますよねえ。

井上 ついでにもうひとつ、値引き交渉でもズバリ「負けてんか」なんて直接的な言い方はしません。「もうちょっと何とかなりまへんか」と切り出します。すると「さいでごあんな。後あとのこともごあすし、清水の舞台から飛び降りたつもりで勉強さしていただきやす」といった具合になるわけです。

荻原 値切る場合でも婉曲な表現になるわけですね。それをずばり「負けてんか」とは、たいへんな誤解ですね。なぜこうなったんでしょう。

井上 昭和三十年代後半に登場した菊田一夫さんの人気ドラマ「がめつい奴」の影響も大きかったですね。今見ると変なドラマだったという気がします。その後いわゆる「根性もの」のテレビドラマや芝居がずいぶんとはやりました。そこで変なレッテルを張られても、大阪の人は、芝居にするとそうなるのかなと反論もしなかったし、自虐的に認める面もありました。結果的にはそれがいけなかった。誤解を解く努力をちゃんとすべきでした。そうしなかったからあまりにも大阪を矮小化(わいしようか)し、小商人のイメージをつくってしまうことになったのです。

荻原 舞台では大女優の三益愛子と子役の中山千夏のコンビが人気でした。

井上 別のレッテルとして、大阪の商人には学問はいらない、読み書きそろばんができたら、それでよろしいという神話がある。これも大変な誤解です。大阪には古くから商売しながら学問する伝統があって、富永仲基、山片蟠桃といった一流の町人学者が輩出したことを忘れたのでしょうか。上方が生んだこうした学者をもっと誇りに思わなければなりませんね。大阪をおとしめるための策略があったのではないかと思いたくもなります。
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